ほしとキャメル

昨日より父と母が東京へ出かけていて、今夜まで戻らぬということ。
晩ご飯をつくろうか、つくらまいか。

暑さに負けている。確実に負けている。

そんなこんな。8月は東京へ行きます。
スケジュールは徐々に固まりつつ。
5日の朝に東京着、帰りは10日の朝です。

フィルムをいっぱいつかおう。

そう、8月は東京の前に兵庫へも行くんだった。
祖父母に会いに。

お中元バイトの間、髪型は「真面目な感じ」にしておかねばならなかったのだけれど、それも明日で終わるので切ろうと思う。思う。
カラーリングまではしないけれど。面倒だから。

先日、ツイッターでも書いたおっぱいの話。
わたし、やっぱりおっきいおっぱいにつつまれたいです。

ゆめのこ

前回の記事が、わたしの操作ミスで消えてしまって。
そこのあなたにごめんなさい。

きょうは、なにを今更そんな個人的なことを、と言われてもよいので、書いてみる。
とても新鮮な出来事だと思って。

恋人と別れて、すっぱりさっぱりいってるかといえばまるっきりいっていない。
「新鮮な出来事」というのは本当に、今までにない感情に晒されている状態のこと。
考えれば単純なことで、恋人が厭になって別れたのではなく(これが過去として)、好きなひととお別れすることになっちゃった(これが現在)から悲しいんだ、というだけ。たぶん。

こんなことになってすら、未だに「恋人」と「その他」の境界線がわかっていないのは問題なのか。
「好きなひと」との関係が、こんなふうにぶつ切りにされるなんて、想像できていなかったから。

伯母に言われた「あんたは、家族を疑うようには育てられていない」というのを思い出す。
ほんとうのこと。愛する人の愛を疑ったことがない。

「好きなひとたち」の円のなかから、こうやって消えてしまうことだってある。
それでもきっとこれからも、わたしは好きなひとを疑えない。
恋人に戻ることを願っているわけではなくて、嫌いになるまで好きなひとは好きなままなのだ。

未練がどうのこうのとよくわかんないけれど、とにかく好きだ。みんな好き。
別れてしまうのは悲しくて、たぶん暫く思い出してはズルズルダラダラと落ち込むとおもう。
それでもまあ、いい。

元気といえば元気。健康。

雨が降ったりやんだり、雷が鳴って、梅雨が明けたら枝豆の美味しい季節だ。
猫アレルギーで鼻水がとまらない。

恥ずかしいことを書いた。ほんとうに恥ずかしい。罵って良いよ。排他的に笑ってくれて良い。

おトイレ

おばあちゃんなんかがよく使う(気がする)、「おトイレ」という言葉について。
然したる違和感もなかったが、しかしよくよく考えてみれば「外来語:トイレット」を省略した上での「御」付きである。おかしい。たいへんだ。

「御手洗い(オテアライ)」と「おトイレ(オトイレ)」は似ている気もする、もしかして。

今一度、身の回りを見渡そう。

「御履き物」と言うが「おシューズ」「おスリッパ」とは言わず、「御中元」「御進物」と言うのに「おギフト」「ごギフト」とは言わないのである。「お茶」と言うけれど「おコーヒー」「おティー」とは言わない。しかし「お紅茶」は使われる。

やはり「オトイレ」という言葉の裏には「オテアライ」があったのでは。

という思いつき。

(毎度の事ながら)書くほどのことでもなかった、しかしいくらか「課題提出期限間近」というおぞましい現実からは逃れられたように思う。ありがとう。

おトイレ行ってきます。

天秤に掛けられた日

今日、バイト先のお客さんに「東方神起に似てるわね」と言われ反応に困り。

先日にも「ヤマグチさんもなかなか幸せそうなオーラで…、すてきですよ」と木村カエラ(と瑛太の結婚)の話の後に切り出され、しどろもどろ。

幸せそうなオーラってどんなもの。

速い速い一週間が過ぎて行く。
あしたは日曜日。

ひとつが逐われ

蒸し暑い日和が続いて、とても不機嫌になることもある。
空気がぺたぺたくっついてくるようで、肌は不調。

はちみつに梅肉エキスを溶いて水で割って飲んでいる。

音楽はもっぱらDinner Set(*)。

フラれた後にわざわざ熊木杏里なんて聴いていられない。という本音。
一回泣いて、それでおしまいにさせて下さい、というのはほんとうに、我が儘だろうか。

さて、撮りたいものが溢れてる。
捉えきれるほどの技量がなくて悔しかったりする。

ブログの中、ですます、書き言葉、話し言葉、混ざってるのはやはり気持ち悪いだろうか。
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